現代のビジネスにおいて重要視されている「体験価値(Customer Experience / UX)」という概念。顧客が製品やサービスを通じて得る“経験そのもの”が、企業の競争力の源泉になるという考え方です。では、この「体験価値」という概念について、マネジメントの父と呼ばれる*ピーター・ドラッカー(Peter F. Drucker)*はどのように捉えていたのでしょうか?彼の著作には直接的な「体験価値」という言及は見られないものの、その本質を捉える多くの思想が散りばめられています。体験価値とドラッカーの思想の接点顧客の創造という使命ドラッカーが最も有名な言葉のひとつとして残したのが次の言葉です:「企業の目的は顧客の創造である」この一文に込められたのは、「価値」は企業が作るのではなく、「顧客の目を通して生まれる」という根本的な考えです。つまり、企業は顧客が求める体験や満足を起点に、あらゆる活動を設計すべきだというメッセージが込められています。「価値は顧客が決める」ドラッカーは繰り返し、「価値の判断者は顧客である」と述べています。これは製品やサービスの質を企業がどう定義しようとも、実際にそれが“良い体験”かどうかを判断するのは顧客である、という視点です。現代のUXやCXの発想に直結する非常に重要な考え方です。「経験」が価値となる時代を予見していたサービス経済と知識社会へのシフト『ポスト資本主義社会(Post-Capitalist Society)』では、物理的な「モノ」よりも「知識」や「サービス」といった非物質的価値が中心となる社会の到来を予見していました。これはまさに「経験経済(Experience Economy)」の考え方につながるものであり、製品の所有よりも“利用体験”が価値を生む時代の土台をドラッカーは見抜いていたと言えます。イノベーションとマーケティングの役割ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』の中で、「イノベーションは顧客の視点から始まる」と述べています。たとえば、ある製品が「どう使われているか」「どんな場面で価値を感じているか」を観察し、それを起点に改善・変革することの重要性を強調しています。この考えは、顧客体験を軸にしたプロダクト改善やサービス設計のアプローチに非常に近いものがあります。体験価値の言葉はないが、思想はそこにある「体験価値」という言葉が広く使われるようになったのは、B.ジョセフ・パイン2世らによる『Experience Economy(経験経済)』(1999年)以降ですが、ドラッカーの思想はその基盤を築いていたと考えられます。まとめ:ドラッカーから学ぶ体験価値の本質ドラッカーは「体験価値」という言葉自体は用いていない。しかし、「価値は顧客が決める」「顧客の創造が企業の目的」といった思想は、現代の体験価値論と本質的に重なる。サービス経済や非物質的価値への洞察、顧客起点のイノベーションの重要性も、体験価値の概念と強く結びついている。体験価値と関連するドラッカーの著作リスト1. 『現代の経営(The Practice of Management)』(1954)キーワード:顧客の創造、マーケティングの本質、価値の定義体験価値との関連:「企業の目的は顧客の創造である」という最も有名な主張を展開。顧客の視点からサービスや製品を再定義する重要性が語られており、顧客体験の原点となる思想。2. 『マネジメント(Management: Tasks, Responsibilities, Practices)』(1973)キーワード:顧客中心、サービスの質、知覚される価値体験価値との関連:顧客にとっての成果とは何か、どのように価値を感じるかに焦点。「価値は顧客が決める」というドラッカーの基本的視点が明確に述べられる。3. 『イノベーションと企業家精神(Innovation and Entrepreneurship)』(1985)キーワード:顧客視点、使われ方の観察、ニーズ主導のイノベーション体験価値との関連:新しい価値の創造には「顧客の使い方を観察すること」が不可欠と強調。サービスや製品の“体験”が、変化の起点になり得ると解釈できる。4. 『ポスト資本主義社会(Post-Capitalist Society)』(1993)キーワード:知識社会、非物質的価値、サービス経済体験価値との関連:物質的製品から、体験や知識・サービスが価値の中心となる未来像を提示。現代の「Experience Economy」の到来を予見するような内容。5. 『経営者の条件(The Effective Executive)』(1967)キーワード:成果主義、顧客価値の創出体験価値との関連:成果を定義する際に「誰にとっての成果か」を問う視点があり、顧客にとって意味のある体験を設計するヒントとなる。6. 『未来企業(Managing in a Time of Great Change)』(1995)キーワード:変化対応、知識労働、顧客重視体験価値との関連:企業は変化の中で「顧客の期待」に敏感でなければならないと述べられ、CXの改善やエンゲージメント向上の重要性を先取りしている。補足:ドラッカー思想の体験価値的解釈ドラッカーは*「体験価値」という用語を使わずに、本質的な意味でのCX/UXの重要性を繰り返し説いていた*と言えます。特に「顧客の視点で世界を見る」「顧客が“価値がある”と感じる瞬間に集中する」ことの大切さは、現代の体験設計やサービスデザインと極めて親和性があります。ご参考:体験価値を軸に読む際の視点読み解く視点注目するキーワード意味合い顧客中心主義顧客の創造、成果の定義CXの根本思想サービスの変容非物質的価値、知識社会体験価値の価値化イノベーションの源泉使われ方の観察、顧客ニーズ体験改善からの価値創出